生時代の焼肉居酒屋アルバイト

私は学生時代に焼肉居酒屋でアルバイトをしていました。

その焼肉居酒屋ではアルバイトの事をパートナーと呼んでくれて、学生時代には大人の一員として認められている感覚を得られることができていました。

アルバイトとはいえ、学校の授業よりも何倍も楽しい仕事は私の承認欲求を満たしてくれて、どんどん仕事の幅を広げていく事になりました。

当然学校のほうはおろそかになり、卒業は何とかぎりぎりでできましたが、満足のいくような学びを得られることもなく、私は焼肉居酒屋のアルバイトにのめりこんでいく事になりました。

学校を卒業後は焼肉居酒屋のアルバイトでフリーターとして勤務しました。

気の合う仲間と共に、何に縛られる事もなくアルバイトとして1,000円弱の時給に満足して働きづくめの生活を送りました。

学校からすると進学も就職もしていない自分のような存在は何とかしたいようで、アルバイトをやめて正職員としての求人の紹介があったので、ためしに就職してみるも全然焼肉居酒屋のアルバイトのほうが楽しかったので、半年でやめてしまい、元のアルバイト生活に戻りました。

フリーターとしての生活は非常に充実しており、朝10時頃に家を出て12時には勤務を開始し、勤務終了は深夜の2時過ぎのこともざらにありました。

労働基準法違反だという事は30代になって病院の事務職員として働いている今、気付いたことです。

まぁそんなこともその当時の自分にはわかっていないので、自分のアルバイトとしての責務を全うする事のみに集中していました。

何より目の前のお客さんが喜んでくれるのがうれしかっただけかも知れませんが…。

アルバイトとはいえ、自分自身一生懸命お客様の為に考えながら仕事をしていたので自然とスキルは身に付いていて、フリーターとして働き始めて1年後には店長の代行を勤められるようになっていました。

店長の代行というその当時は非常に誇らしい肩書きに、自分自身の自信がついた事を覚えています。

会社に縛られている訳ではないので、怖いもの知らずです。

他のアルバイトの勤務シフトさえも作成する役割を与えられていたので、あの時の私に逆らえるアルバイトはいなかったと思いますし、その当時の店長も私のことを自由にさせてくれていたこともあり、さらに天狗になっていた時代でした。

毎月200時間以上働いていましたが、まったく苦にならず、その当時は私は20歳で30万円ほどの月収を得ていました。

月に稼ぐ金額にもこだわりを持ち始めた頃、自分の時間も関係なく働きづくめの生活を送っていました。

その時に、その焼肉居酒屋の運営会社の事業部長が私をスカウトしてくれました。

今思えばあの言葉を鵜呑みにしてしまった自分を恥じますが、「君の力がこの会社には必要なんだ。是非力を貸して欲しい。」という言葉に誘われ、私はこの運営会社に入社しました。

入社してからは新入職員研修という形で店舗運営をすることになりましたが、これまでのアルバイトの経験を活かして難なく仕事をこなす事ができました。

1年後には一店舗の店長を任され、部下の社員も1人つけてもらう事ができました。

この部下が年上でしたがあまり仕事が出来る方ではなく、非常に苦労はしましたが、何とか形になって一年が過ぎました。

私をスカウトした事業部長が店舗に視察に来たときのことです。「人員が多すぎる、半分に出来るはずだ」というガチでムチャなふりをしてきました。

出来なければ店長を下ろすとまで脅しつきで…。

私は必死に抵抗して、たくさんの工夫をしてムチャ振りに答えられるように人員を半減させました。

人件費率は当初20%ほどあったものが13%へ削減する事ができました。

それでも事業部長は更に要求し、私に初めてできた部下を解雇する形で人件費を削減させました。

私自身も部下の解雇により店長として不適格とされ副店長へ降格しました。

その後3ヶ月で店長へは復帰しましたが、その時にはすでに熱は冷めてしまいなぜここで精神を削ってまで仕事をしているのか疑問を抱くようになります。

その後、やる気をなくしてしまった私に待っていたのは、他の店舗への異動でした。

他の店舗へ異動して、そこではまだ私の気持ちには熱いものがあり、お客さんの為に一生懸命働くことになります。

新しい店舗でも新しい仲間ができ、一時は非常に良い店舗として評判もよく、売上も上げられる店舗になりましたが、そこでも事業部長が出張ってきて、あれしろこれしろの連発でした。

私もいい加減愛想が尽きて、やめることを決めてからは冷静にこれまでの仕事を考え直す事ができました。

よくよく考えると労働時間は余裕で一日12時間を超え、報酬もアルバイトの頃と大差なく、どれだけ良い店舗を作ろうが上司からはお褒めの言葉もなく、当たり前のこととして過ぎていくことになぜ疑問を感じなかったのか、それが不思議でしかたなかったです。

それも今思えば朝から深夜まで常に緊張感を持って取り組んでいた為、冷静な判断が出来ない状況だった事にやっと気付くことができました。

今はこの経験を活かししっかりと日中の9:00~17:00で帰れる仕事に就くことができました。

経験を活かして管理職になる事もでき、当時の年収よりも100万円以上高い給料をもらうことが出来ています。

睡眠時間が短い事で判断力が失われる事を改めて振り返る事で痛感しています。

今後はしっかりと日中に働いて、休む時間をしっかりと作りながら、価値を創造していけたらと思っています。

長い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。