私は2度転職をしました。

1度目の転職は、23歳のときです。

当時、老人福祉施設の委託栄養士として働いていましたが、労働時間は長く残業代も出ず責任だけがどんどん重くなっていきました。

年収も約200万円です。

もともと、社員食堂の栄養士として働きたかった私は、異動の話を機に上司に相談したところ、正社員のままでは難しいとのことでした。


就職氷河期の時代、やっとの想いで入った第1志望の会社でした。

私はずっとこの会社で働いていくものだと思っていましたが、急にふと思ったのです。

別に固定概念にとらわれなくても良いのではないかと。

今や転職が当たり前の時代、別に一生同じ会社で働き続けなくても、より良い条件を求めて転職しても良いのではないかと。

私は、これを機に憧れていた1人暮らしも手に入れようと上京することを決意しました。
働きつつ、休みの日には飛行機や新幹線に乗り面接に行き、約2ヶ月で辞める決意から内定を頂き上京までを終えました。

新しい会社でも、委託の栄養士として働きました。

今まで、指導していた立場から指導される立場になり、1番感じたことは、ラクだなということです。

私の上には、たくさんの先輩がいましたし、マニュアルも前職に比べてきっちりとしていましたので特にそう思ったのかもしれません。

今まで、長年勤めているクセの強いパートさんやプライドの高い調理師さんに、あの手この手で指導をしてきたのを考えると、尚更です。

おかしいなと思ったことは、角が立たないように伝えつつ先輩達がたくさんいる職場に慣れていきました。

前職と違い、残業代はきちんと出ましたし、社宅代として5万円引越し代、上京分の飛行機代も出して頂き中途採用にしてはらかなりの待遇の良さでした。

しかし、病院栄養士として働きゆくゆくは社員食堂の栄養士という話で転職したにもかかわらず、なかなかその話はきませんでした。

気づけば、たくさんいた先輩も1人2人と辞めたり異動になり3年も経たない私が、事業所の社員の中で1番長く在籍していました。

一番下だったはずが副支配人になり、事業所内で1番上の支配人の話まで出てきていました。

もともとの社員食堂の栄養士の話はどうなっているのかと思い話た所、そうだったっけ…というような反応。

人手不足も続いており、私は上京までして自分のしたい仕事を出来ないままで良いのかと考えるようになりました。

30歳ももうすぐ、早いうちに転職をしようと思い26歳の7月の終わりに今年いっぱいで、退職する旨を伝えました。

それからは、転職サイトに登録して求人を探し続けました。

営業や売店企画など、面白そう、やってみたいと思ったものに応募していきましたが、なにせこの6年間栄養士として働いてきたため、業界が違うと書類すら通りません。

それでも、退職までには仕事を決めたかったため色々と探していたら、食品開発の仕事のメールを頂きました。

私が短期大学を選ぶ際の決め手となったのは、食品開発の仕事をしたかったからでした。

憧れていた食品開発の仕事が出来ると思い、すぐに応募しました。

トントン拍子に話は進み、内定を頂きました。

実は、もう一社食品開発の仕事で一次面接を通過していましたが、返事を最初の会社にする期限に間に合わず、御縁が無かったのかもしれないと思い、最初に内定を頂いた会社に決めました。

当時は、人手不足に拍車がかかっており残業は月80時間ごえ休みの日は就活と、とても苦しかったですがせっかくこんな苦労しながら転職するんだから、良い条件の会社を見つけたい。

の一心でした。

やっと終わった私の就職活動でした。

2回目の会社は月80時間ごえの残業が最後の月まで続き年収約400万円と月5万円の社宅代でした。

新しい会社は月30時間の残業をプラスして計算しても年収420万円とのことでした。

社宅代を考えると待遇は悪くなったようにも感じますが、もともと月に80時間の残業が入ってからの年収だったので、これはやりたい仕事も出来て給料も上がったと考えて良いのではないでしょうか。

私は、栄養士としてたくさんのことを学んできました。

でも、1番は自分より経験のある人をどう指導していくかということが1番だったのではないかと思います。

右も左もわからない、新人時代にあらゆることを教えて貰ったパートさん。

1年目も後半になるとそのパートさんに今度は指示を出さなければいけません。

最初は、言い方も分からず喧嘩をしたこともありました。

今でも、申し訳なかったなと思っています。

同時に勉強させて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、2回目の転職のときには今までの経験を生かし苦手な人には、特に話すようにしました。

普通なら、「あ、この人話にくいな。すぐに怒るな。

近寄りたくないな」と思ったら、自然と距離を置いてしまうと思います。

そうなると、全てが億劫になってしまいます。

仕事で伝えないといけないことも、それだけで嫌になってしまいます。

なので、何かの待ち時間などわざと側に行き「お腹空きましたね。」

そんな一言でも、距離を縮めるには充分だと思っています。

結果的に周りの先輩からは、〇〇さん怖いけど、あなたのことはお気に入りだよね。

とよく言われました。

下っ端の新人の頃に積み重ねてきた、人間関係は上に立つ立場の副支配人になったとき、とても役に立ちます。

ずっと真面目に仕事をしていれば、きっと見てくれる人がいます。

そんな姿をみていたパートさん方、社員さんは年齢的にはまだまだ新人の私の言葉を聞いてくれます。

トラブルの対応にも協力してくれます。

若いけど、指示を出さないといけないという立場が、とても辛くもありましたが、多くのことを経験出来人間としても成長できた栄養士という仕事が私は好きです。

27歳、今は新しい仕事に挑戦中ですがもっと成長した自分になれるように日々頑張っていきたいも思います。

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